アリオンが気になる。
なんだろう。
抜き書きしたほうがいい気がする。
今日行った香取神宮で、アリオンのことを考えていたら、ふと映像が見えた。
理科で使うビーカーの中で、汚れた水がかき混ぜられている。
それが、ぐるぐる混ざった後に、汚れた部分が沈殿し、澄んだ部分が上澄みとして、水が分けられていく映像だった。
これは、あくまでなぜか縁があってこんな僻地ブログをのぞいてくださる方で、信じたい人だけが信じてくれればいいんだけど。
妄想だと思ってくれていいんだけど。
その映像と共に、「混ぜている」と字が見えた。
なにを?社会をかき混ぜている。
なんのために?
分けるために。
濁ったものと澄んだもの。
それで?
わからないけど、たぶん新しい時代をつくるため?
これからさらに、かき混ぜられていく。
社会はますます混沌とし、混乱する。
怒涛の展開がやってくる。
そのとき、意識をどこに向けているか。
そこがカギになる。
無意識でいたら持って行かれる。
「不安」や「恐怖」や「混乱」に。
どこに向けるか選ぶのは自分。
わたしたちは、自分が意図して選んだ世界に行く。
そしてこの世は、「コントロール」だらけだ。
自分で選んだ。と思っても。
世間の目に、マスコミにつくられた世論に、流れてくる音楽に、無意識で目にする広告のメッセージに。知らぬままコントロールされている。誘導されている。
どんな誘導か。
「おまえたちは無力で罪深い存在だ」
「何かでその足りない部分を埋めないと幸せになれない」
という誘導だ。
「自分が自分のままで、生きてるのが許されないような言い知れぬ不安感」を持っている人が日本には異常に多いと思う。わたしもそうだからわかる。
目を閉じて、自然のある場所で深呼吸をする。
軽く体操をする。
命のリズムを感じる。
自然に意識を合わせる。
この自然の中では、なにも怖いことは起こっていない。
風に花が揺れ、澄んだ虫の音が響き、金木犀がさわやかに香る。
わたしたちは、そのエネルギーに属するものだ。
死ねば土に還る。
そのサイクルの中にいる。
だから、「意識」して、自然のほうに自分を同調させていくことがだいじ。
例えば、金融がクラッシュしても、世の中のシステムがいっきに崩れても。
わたしたちを真の意味で生かし、育んでいるのはそういう強い者のつくった虚構のシステムではない。
この大地であり、水であり、太陽であり、風であり、空気だ。
最低限、生きて行くために必要なものを冷静に考えておこう。
1ミリより小さい種でも、土に植えて太陽の光が照らし、水をやれば大きく育っていく。それが、「神さま」と呼ばれるもののエネルギーだとわたしは思う。
わたしたちを、生かし、育て、循環の中にすべてがある。
そのシステムが、本来の地球の法則だ。
それを忘れてはいけない。
思い出しておいたほうがいい。
ここ数日個人的に考えていること。
「浄化」というのは、自然の中でしかありえない。
ということ。
誰かのヒーリングやワークやチャネリングで浄化など、茶番だ。
少しは力になるのかもしれないけど、自然の中に行った方が早い。
「宇宙のメッセージ」があるとして。
それをお金をとって、精査することもなく、根拠もなく、思い込みのままに不安な人に垂れ流して伝えるのは違うと思う。
だいじなのは、自分自身の心と身体と、呼吸。
思考をいかにして手放していけるか。
一人一人が直観を磨いて、直観のままにサバイバルしていく時代に入ったと思う。
もうきっと、なにも依りかかるものはなくなっていく。
アリオンの本から、書けるときに抜き出したいなと思います。