深呼吸図書館

悩めるあなたのための1冊アドバイザー“なついちご”が、今のあなたの気分にぴったりの本紹介します。

ニンゲンTV阿部さんのこと

つぶやきます。

なんか言いたくなったから、ひとりごと。

 

何年も前から、ニンゲンTVをごはん食べながら見ていた。全部じゃないし、毎回じゃないんだけど、結構楽しみに見ていた。

 

原田龍二は、顔がもろタイプ!だし、あのポンコツっぷりに見てて脱力できるのが好きだった。阿部さんも、芯が一本通って凛として素敵だった。

 

昨日、スレッズ経由でニンゲンTVが炎上してることを知って、野次馬的に例の動画と阿部さんの個人チャンネルを見に行ってしまった。

個人チャンネル再開したのは知ってたから、そのときから、もう抜ける準備なんだろうなぁ。ってなんとなく思っていた。

 

騒動の顛末を知って、霊的な世界に関わる人たちの組織は、例外なくこの道を辿るのかー。

と妙に納得して、やっぱりガッカリした。

 

何度も何度も見てきた光景だ。

直接的にも。間接的にも。

 

それにしても、あの打ち上げにはたまげた。

あれをアップできる神経にも慄いた。

頭、おかしい。

 

仲間、仲間と言いながら、あれほど阿部さんに助けてもらっておきながら、誰も彼の様子を気にかけていない。そんなことってある?

 

たとえ様子のおかしい理由にまで考えが至らないほどバカだったとしても、あんなに様子がおかしい人が近くにいたら、普通声かけるよね?

大丈夫?体調悪い?とかさ。

気持ち悪かった。

 

あの様子の阿部さんに声すらかけず、下卑た笑いで盛り上がっているあの空間こそが、魔界だと思った。業界人!って感じだね。

まさに、あれがテレビ業界、マスコミ業界の闇と無神経さそのものだよね!

 

売れればいい。インチキでもなんでもいい。

誰かを傷つけてもいい。

 

画面の向こうからあの打ち上げを見た人たちが、これほどの耐えがたい違和感を感じているのに、同じ空間にいる人たちは、何の違和感も感じていないというホラー現象。

 

霊的なもの、に対して真摯な姿勢が売りだった彼ら。本性これだったんかー。

衝撃!

でも、納得!

 

わたし、天野Dが最初からどうしても嫌いで嫌いで、見た目も性格も全てが苦手だった。

 

でも、あのチャンネルが炎上するたびに、阿部さんがとても庇うから、暴言なんてもちろん吐いたこともないし、コメント残したことない。

ただただ、自分の心の中で虫酸が走るほど嫌いだった。生理的に本当に無理だったし、なんて出しゃばりなんだろうと思ってた。

 

あの、のぞみに対する乾杯。

しかも何度も。

女の子が一人いた方が盛り上がる。という発言。

 

すごいね。

あれを編集して、流せる神経がすごい。

おかしいって思わない。

見た人がどう思うかって、想像すらできない。

まともな神経を持った人間が一人もいない。

 

自分がクソだったとしても、視聴者目線の想像すらできないで、客観視もできないで、ディレクターってできるんだ。

 

誰も、まわりに止める人いないんだ。

やばいって、思う人いないんだ。

 

そのことに、一番ゾッとした。

 

そしてあの倉田くんのご満悦の様子。

売れて調子に乗って、過信して、人を人とも思わなくなった、おごって能力を失った霊能力者の典型じゃないか。

わかりやすすぎるほどに、模範例じゃないか。

 

彼の能力がどういうものなのか、本当なのか、作り物なのか。わたしには最後までわからなかったなあ。

結局こちらは、見えないし、わからないから、判断のしようがないよね。

 

そそのかした大人たちの罪の重さよ。

それを面白がって見ていたわたしたちも、ヤラセとは知らなかったにせよ、やっぱり浅はかなバカ者だ。

 

人間はこうも醜くなれるのか。と思った。

阿部さんが自分のチャンネルで、心霊系のチャンネルには今後一切出ない。無意味だから。と言っていたけど、その無力感を思うと胸が痛い。

 

あんなに一緒にやってきたのに、見えない世界への敬意や接し方は、何も伝わってなかったし、彼らは変わる気すらないのだ、という絶望感。

無力感がすごいだろう。なんだったんだ!今までは!と思うよね。

 

どんなに心を尽くして接しても、まるで改心することもなく、学び、成長することもない、愚かな人間の業の深さを、あのチャンネルはみんなにありありと見せた。

 

40万に届くチャンネル登録者に発信した。

その意味。

 

結局、人間性でしょ?

人としてのあり方や、誠実さや、おもいやりでしょ?行動でしょ?

 

この先阿部さんは確実に抜けるだろうし、それに対してたとえチャンネル側がどんな言い訳と謝罪をしても、決して戻ることはないだろう。

 

成り行きを見ている多くの人が感じているように。ニンゲンTVのスタッフたちが、悪魔に魂を売り渡し、こういう形でみんなを裏切ったことの代償をどう払うのかは、彼ら自身の問題だ。

 

見えないものを、みたい。という気持ち。

わたし自身の中にもあるし、よくわかる。

でもさ、見えない。ということは、その人にとっては見えない方がいいから、見えない。ってことがほとんどなんだと思う。

 

昔、とても尊敬して憧れていた見えない世界の師匠みたいな人がいた。

ある聖地に祈りに行き、その人の信じられない本性をそこで見た。ショックで立ち直れなかった。神って何?って思った。

 

その人も、口ではきれいなことを言いながら、結局、神さまではなく、神に仕える特別な自分が好きだったのだ。

 

お疲れ様でした!と一足先に帰ったわたしのLINEには返さず、インスタやfacebookで神様に会えました!!とキラキラな写真と感極まった様子をあげているのを見て、心底しらけた。

自分がバカだったんだ。と思った。

 

そのとき思い知ったのよ。

遠くにいる神さまの声は聞こえても、

隣にいる、仲間の声は聞こえないんだな。って。その人は、何にも見えてないじゃん。

普通の、スピじゃない優しい人のほうが、よっぽど、人として素晴らしいじゃん。

 

なんてわたし、バカだったんだろう。

 

隣にいて、実際関わってきた人の声も聞こえないの?キラキラな神さまにつながる特別な自分だけが好きなの?怖いわ!人として。

 

虚構だ、全て。

そのとき感じたのと同じ気持ちを、あの打ち上げ動画を見て感じた。

 

神さまは自分のこころにいるのよ。

阿部さんを好きと思うそのみんなの感覚の中に、たぶんいる。

それすら、嘘かもしれないけど、その度に傷つきながら、人は学んでいくしかできない。

 

本当のことなんて、結局はわからない。

どんな経緯があったか。

積み重ねて来た、当事者にしかわからないことだって、たくさんあると思う。

たとえ阿部さんが、実は極悪人だったとしても、わたしたちにはわからない。

 

だってあれは、その人のごくごく一部を切り取って、エンタメ仕様に作り上げられたものだから。

もしも、彼がずるい人がだった場合、こんな形で抜けたことで、視聴者の心を完全に鷲掴みしたまま、ごっそり視聴者をそのまま持って行ける。心ごと。自分に心酔している人間を、心酔した状態で、そのまま自分のものにできる。

何千、何万の視聴者を。

みんなの印象のなかでは、完全にニンゲンTV側が悪。で、阿部さん側が善。

それはそれで、恐ろしいことだよね。

 

だって、真実はきちんと語られていないわけだから。ほとんど憶測と、印象で、この騒動は成り立っているから。

 

真実は、誰にもわからない。

 

だからこそ、憧れすぎてはいけないし、

心を持っていかれすぎてはいけない。

結局のところ、誰にも、本当のことはわからないのだから。

 

自分の心は、自分だけのもの。

自分が感じたことを、真実として、人は生きていくしかできない。

そしてそれすらも、どこかで客観視できる自分を持っておくことが必要だと思う。

 

SNSの世界で見せられているものは、作り手が見せたいように切り取られたごく一部の情報である。ということをわたしたちは忘れてはいけない。

 

何かを判断する時は、事実をありのままに見つめることが第一条件。

 

そして事実も真実も、今回のこの一件に関しては、視聴者には永遠にわからないままなことに、みんなががっかりして、憤って、絶望しているんだよね。残念、だよね。ほんとうに。

 

誰にどれだけ裏切られて、

もう生きてるのが嫌になっても。

 

どこまでもわたしたちは、

自分はどうあるか。

自分はどりありたいか。

 

だけを問われているのだと思う。

さあ、自分の人生に戻っていこう。

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スウェーデンテキスタイル

世田谷美術館に、スウェーデンテキスタイル🇸🇪を見に行ってきた!

かなり、自分的には行動力引っ張り出してがんばった。

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結論。そこまでして行って本当によかった!

迷ってる人、行ってほしい!

展示の数も多くて、どーんと大きい布が広い空間に飾ってあるのが圧巻で、素晴らしかった。

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私は北欧デザインが好きだし、北欧が好き。

あのキッパリした独特の配色と、鮮やかな色が好き。草花の柄も好きだし、幾何学の大柄なデザインも素敵だと思う。

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あー、素敵だったなぁ。

見れてよかった。

またいつか、スウェーデンに行きたい。

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画像は、写真撮ってもOKスペースより。

2026.9 リサ・ラーソンがいた時間

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えいや!と、銀座まで観に行った。

上映館少なっ!

しかもシネスイッチ銀座、なんと10月に閉館するそうだ。あんまり来たことないけどびっくり!

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お孫さんが監督で、おばあちゃんを撮ったドキュメンタリー映画。

終始、くつろいだ自然な笑顔のリサ。

あたたかく、穏やかな笑顔。

 

亡くなる直前まで、仕事がしたい!

満足なんてない。

やり残したことがいっぱいある。

もうすぐ仕事に戻る。

 

と語る彼女の創作意欲はすごい。

真に、魂から湧き出る創作への情熱。

 

女性が認められることは、やっぱりあの時代には本当に難しかったんだろうな。

旦那さんへの愛も、うらやましいほど。

こんなふうに人を愛せたら素敵だね。

 

芸術家としては理想の生き方に見えるけれど、本人は忙しすぎて家族との時間を犠牲にして来たことに後悔がある。と語っていた。

 

それにしても、作品の中のリサの服が本当にきれいな色ばかりで素敵だった。

 

紫。ピンク。赤。青。

 

美しい色のセーターやシャツ。

それと対照的なごつごつした手で、ドンドンと重たい音をさせながら粘土をこね、叩きつける。自分の人生を何かにかけられた人って、幸せだなぁ。

 

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わたしは、ものすごく彼女の作品のファン。というわけではないけれど、一目見ればわかる個性と、なぜか目につく表情やフォルムはやっぱりすごいと思う。

 

あと、単純に北欧が好き❤️

映画の最後の最後に、字幕がLiLiCoさんだったことを知った。

 

事件も波乱の展開もないけれど、一人の芸術家の女性の愛と仕事と生き方を、飾ることなく淡々と見せてくれる、良き映画でした。

 

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2026 髙島野十郎展

ギリギリセーフで行けた。

渋谷の高級住宅地。松濤にある美術館。

松濤美術館。

夕方行ったけど、激混みだった!

てっきり空いてると思ってた!

びっくり‼️

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初めて実物の絵を見た。

見てよかった。

見れてよかった。

行けたのはタイミング的にある意味奇跡。

 

行動した自分に拍手だ👏

 

素晴らしい作品たち。

写実の鬼!と言われたんだっけ?

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写真OKコーナーがあったよ。


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すごすぎる。

細部まで適当にならずみっちり正確に。

 

そして、花がほとんど正面を向いてるの。

しかも遠くの花も全て焦点があっていて、こちらが見つめられている感じになるほど。と解説にあって、なるほど〜。と思った。

 

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ねっとりした闇。

みたいな表現が、解説にあって、なんかエロくてウケた。

 

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蝋燭の画家。と言われた野十郎。

わたしも大して詳しくないんだけど、感動した。

 

生涯蝋燭に象徴される光と闇を追求しながら、自分の主題として書き続けながら、存命中には一枚も展覧会に出さず、売らず、お世話になった人への贈り物として渡していた。というエピソード。

 

仏教に傾倒していたという野十郎。

静謐な月の絵からも、すごく「信仰」というものの気配を感じた。

 

作品を見て、解説を読みながら、ふと頭に浮かんだ言葉。

 

生命に誠実に

自分に忠実に

 

画壇に出て来ず、ひたすら自分の小屋に引きこもって書き続けた彼。ダンディーな、ちょいワルの渋い自画像。

 

なんか、漫画に出てきそうなワイルドな見た目。モテただろうなぁ。人間嫌い、って書いてあったけど。ストイックな人だったんだろうね。

 

それにしても絵が素晴らしかった。

本物のみなぎるエネルギーをがしがし感じたよ!

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月と太陽、そして蝋燭。

が、野十郎作品に代表される芸術的特徴。と解説にあったけど、果物も花も、パリの街もとてもよかった。

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とにかく輪郭がくっきり!

色彩が鮮やか!

そして、これに尽きると思うんだけど。

りんごも桃も、カラスウリも、ブドウも花も、手を伸ばせば触れられそうなほどの立体感!

なんで?どうして?

 

ツヤがすごい。食べたくなる。

掴めそう。

 

ほんとに立体的に見えるのよ!

すごすぎる。

命が溢れてる。

画面からはみ出してきてる。

 

コスモスもケシもキクもヒマワリも、とにかく写実的過ぎて、あまりに正確なラインで、なんか印刷なのかな?と思ってしまうくらいなんだけど、でも印刷では絶対出せない生の生きてる迫力があるんだよ!

スゲーよ、野十郎!

 

風景画や花々を描いた空は、どことなくグレーがかった水色で、モネやルノワール。

 

そしてゴッホに多大な影響を受けた、という解説とともにゴッホインスパイアの絵が何枚もあった。

 

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わたしはヒマワリを描いた、背景が青と紫の絵が好きだった。

そして何より、太陽だよね。

あれがめちゃくちゃゴッホっぽい。

でも野十郎のほうが力強い。

本当に照らされてる感じがした。

 

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死んでから評価される。という点において、野十郎が尊敬していたゴッホと同じ。

 

こんなにもファンがいることに、にわかなわたしもびっくりな、野十郎展駆け込みレポートでした。

 

わたしはやっぱりね、カラスウリが一番好きだった❤️

 

閉館の18:00ピッタリ。

誰もいない部屋で、一人カラスウリと向き合えた幸せな時間。

豊かな時間。う〜ん、いい1日😊✨

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トリガー

今日ね。職場である人を怒らせてしまった。

こちらはそんなつもりはなく、もちろん悪気もなくて、まさかそんなに傷ついて怒ってしまうと思わなくて驚いた。止まらない感じだった。

まあでも、わたしって意外と無神経なところある。気づかず失礼なこと言ってるガサツなところ、ある。

 

よくよく考えたら、確かに嫌な言い方だったなぁ。と反省。

 

「◯◯さんは、優しいから」

が、その人のトリガーだった。

 

もちろん、悪いと思ったから何度も心を込めて謝ったけど、あの怒りが止まらない感じは、どう見ても今回のことだけじゃなかったし、本人もそう言っていた。

 

今までさんざん、他の人にも言われてきたみたい。それを言われるのが、仕事辞めたいくらい嫌だ!!と叫ぶように言っているのを見て、わたしは自分が、どんどん冷静になってく感じがした。

 

わたしは、言い方と、文脈的によくなかった。

いくらそんなつもりがなくても、感じ悪かったし、配慮が足りなかった。結果的に。

 

でも、それ以上はその人の中で積み重ねてきた問題で、その引き金を、たまたまわたしが引いただけだ。と思った。

 

そしてそれは、正しい解釈だと思う。

 

爆発してよかったんだ。

その人にとって。

だって我慢の限界だったのを、ごまかして溜め続けてきたんだから。どうせどこかで爆発したんだから。

 

感情を出しやすい、出しても大事にならないわたしの前で、出したんだ。無意識に。

 

 

トリガーポイント。

と、施術の世界でもよく聞くワード。

 

他の人は、同じ出来事に何にも感じなくても、自分だけが異様に反応してしまうポイント。

 

それが、その人のもつ、課題であり痛みのありか。

 

結局、心のバケツは、満タンで。

我慢は溢れてて。

思いがけないところで爆発してしまうなら、それは、生き方や考え方を見直しなさい。のサインだ。

 

気づいて、向き合える人ってどのくらいの割合なんだろうか。

 

ああ。自分はこの部分に反応してしまう。

それは、あのときあんなふうに傷ついたからだ。わたしは、あのとき本当につらかったんだなぁ。

 

そんなふうに、客観的に心を見つめて受け止めていく作業って、誰にでもできるわけじゃないんだ。と知ったのはつい何年か前のこと。

 

世の中の大半の人は、

気づきたくない。

気づいても向き合いたくない。

まったく、気づかないまま終わる人が、ほとんど。

 

 

それまでは、あたりまえにみんなできるものだと思っていた。みんながよくなりたがってる。って本気で思ってた。

 

人にどんなに優しくても、自分に優しくできない人がいる。

 

自分を認めず、自分にはごほうびも喜びも与えない人がいる。

 

自分を甘やかすこと、

自分を大事にすることは罪だと、

本気で思っている。

それをすると申し訳ない。と思ってしまう。

 

人にはしてあげるのに。

自分には、してあげない。

 

昭和の弊害だと思う。

特に厳しく育てられた長女に多い。

 

そういう人は、どんなに優しくいい人でも、いつも苦しそうだ。見ていてつらい。

 

自分が誰より、自分を許さないのだ。

 

苦しいね。生きてく過程で身につけた、信じて疑わない前提がある。

 

ビリーフや、固定観念と言われるもの。

 

それがどんなに現実に即してない、歪んで偏ったものでも、手放すくらいなら死んだ方がマシだ!と本気で思っている。

 

自分がそう思っていることにも気づいていない。

 

なんて深刻な病。

でも外からは決して見えない。

闇が深いなぁ。

 

わたしはそこを突破したくて、何年も何年ももがいてきた気がする。

だから苦しいのが乗り移ってきてしまう。

わかりすぎて。

 

反省するところはして、切り替えよう。

なんかやっと、いつまでもグジグジ思い悩むのが無駄に思えるようになった。

 

昔なら、いつまでも引きずって自分を責めた。

でもね。

結局自分の問題なの。

 

根深い、繰り返されてきた自分の問題なのよ。

向き合わなければ、永遠に繰り返されるパターンなの。

わたしはたまたま、運悪く?引き金を引いた人。

 

勉強になりました。

ごめんなさい。気をつけます。

で、終わりでいい。

 

はー、なんか気疲れした!

 

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この前食べた、ローソンのパイコロネ!

200円しないでこのパイのサクサク感と生クリームがうますぎる!

 

ブルーベリー🫐は、ブルーベリー狩りでとったやつのラスト!癒されたなぁ。先週の写真で自分を慰めるよ。

 

 

 

文章を書く筋肉

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文章を書く筋肉が、ゼロになってしまった。

昔はなんであんなに思うまま書けたんだろう?

書いてないと、書けない。

書きたいことも、思いつかない。

だから、べつに書かなくていいや。

と思ってると、まったく書けなくなる。

 

べつにビジネスじゃないから、それでいいんだけど。

 

書くことが思いつかないので、夏の写真をのせます。

どこか行きたい。

夏らしい楽しいことしたい。

毎日仕事で、なかなかハードで、疲れすぎてて何もできん!

 

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元ばなな信者のわたしが、吉本ばななさんのnote記事を読んで思ったこと

https://share.google/UeAVmX9kMuUYcNbyV

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長いです。ばななさんについて語ります。

 

1週間前くらいに、スレッズのおすすめで上がってきた記事をなんとなく読んでいて、吉本ばななさんの有料のnote記事がものすごく話題になっていることを知った。

すぐに購入して読んだ。

 

すごい内容だった。

買わなきゃよかった!と言っている人もいたが、わたしは読んでよかった。

この一週間、その内容について、今も一人で考えている。

 

わたしはばななさんが好きだ。

今も一ファンだ。

でも昔、若い頃。

ある時期までは信者と言っていいほどに、彼女の作品が好きで、彼女の世界にのめりこんで、救われた人間の一人。

 

今回、有料記事を買うのに慣れてないので、買うかどうか少しだけ迷って、いろんな人の感想を読んでみた。

 

それぞれ、衝撃を受けた心の内が率直に綴られていて、賛否両論あった。

 

でもね。

信者、といえるほどにばなな作品を読み込んできている人の感想はあんまり見かけなかったんだよね。

若い頃数冊読みました。みたいな人はいた。

なんなら、今まで読んだことありません!って人までnote記事購入しててびっくりした!

それほど話題になってるってことなんだね。

 

わたしのこのブログの一番最初の記事を今でも覚えている。一番好きな本は、吉本ばななさんのキッチン!とかわいく書いていたあの頃だ。

 

あのときのような文章を、わたしはたぶんもう書けない。そして、真のばななファン、信者たちはね。よしもとばなな。とは呼ばないの。

みんな、「ばななさん」って呼ぶ。

 

わたしはむっつり1人で好きなタイプだったから、誰かばななファンと交流したこともないし、同じ趣味の友達と語らったこともない。

 

ただね。

本当に救われた人間の1人だと思ってる。

 

そして、声に出さなくても、日本中にそういう人は数えきれないほどいる。

まだHSPという言葉が世に出るずっと前から、生きづらかった女の子たちの心に、彼女の作品の中の言葉は、空気は、光は、福音のようにズバン!と直接差し込んできた。

そして、淀んで内にこもった死にたい気持ちの人たちの心に、読んでる間だけ、爽やかな風を吹かせた。

誰がなんと言ったって、そういう人間を救ってきたという意味において、ばななさんは日本を代表する偉大な作家だ。

 

ある時期から、思想的な偏りが強くなったり、日本を嘆く文章が多くなって、だんだん読むのがつらくなってきて、少し離れた。

前ほど、追わなくなった。

 

でも変わらずに、好きだった。

毎日電話をしたい!と思う熱烈な恋の時期が終わって、遠くから相手の幸せをじんわり願ってる。みたいな距離感で好きだった。

 

ばななさんの小説も、エッセイも、最近のを除けばたぶんほとんど全て読んでいる。

 

そのうちの数冊にいたっては、10回以上読み返している。もちろん手元にある。

わたしは彼女のエッセイも好きで、幻冬舎から出ていたダイアリーまでむさぼるように読んでいたのだから、筋金入りのファンと言ってもいいのかもしれない。

 

対談本も、かなり読んできた。

その中で一番好きなのが、亡くなった河合隼雄先生との対談だった。

今でも、単行本で持っている。

 

その中で今でも忘れられないばななさんの言葉があって。

 

わたしは、自殺を完全に止めることはできなくても、1時間遅らせることのできるような小説が書きたい!

 

と言っている。あの一文、忘れられない。

 

なんて明確な意図。

自分の才能をいつも客観的に見ている冷静なまなざし。

 

いつも、彼女は同じように生きづらい人たち。一部の、同士たちに向けて誠実に書いてきた人。心無い批判をされようと、人気にあやかって利用されようと、芯を貫いてきた。

 

その彼女のカミングアウトは、わたしにとっても衝撃だった。

 

だけど、納得もした。

今まで読んできた、あれと、あれと、あの作品の辻褄があった!みたいな感じ。

 

ホッとした。

 

ばななさんが、言えてよかったと思った。

そして同じくらい、今までよく言わずに来れたな。と感嘆した。

わたしにはできない。

 

だって彼女は、今までさんざん、いろいろな対談やエッセイの中で、家族のことを書いてきているから。それを、今まで出さなかったのはすごい!プロだと思った。

 

ばななファンならば、ばななさんのお母さんがかなり強烈で偏ったキツめの性格の人で、ばななさんがその母との関係にいつも葛藤を抱えていたであろうことは薄々ながら知っている。

 

でもそれでも、TUGUMIの中に出てくる海辺の旅館での生活そのままに、ばななさんの幸せな幼少期をイメージしていたわたしには、かなり強烈な描写が続いた。

 

そして、幼い頃一時期目が見えなかった時期がある。とばななさんが言っていた背景には、こういう家庭環境があったのだ。と妙に納得した。なんとも言えない、虐待された人の特徴や雰囲気を、彼女の佇まいからは確かに感じた。

 

わたしも母との関係に悩み、苦しんできた娘の一人として、びっくりするような母からの悪意や意地悪はリアルに想像がついた。

まったく心当たりがない人は、なんて幸せな人生なんだろうと思う。

 

家族ならではの、閉じた世界で行われるいじめは、受けた者しか絶対にわからない。

 

わたしは何人も、そういう話を本人から聞いたことがある。兄弟が何人もいる中で、自分だけが母親から無視されていた。また、父親から暴力をふるわれていた。という話だ。

だいたい長女が多い。

 

そして、さんざん酷い目に遭わされてきたのに、憎み切れない。関係を切れない。

愛情を捨てられない。自分が悪かったのかも。という気持ちを捨て切れない。という弱さも、痛いほどわかる。

 

酷いことをしてきた相手だって、好きでそうなったわけじゃない。そうなる理由があったんだ。と相手を許したい気持ちと、到底許せないことをされてきた苦しみとの葛藤を、常に抱えている人生は、苦しい。そして、自分がいくら許そうと思っても、相手はまったく決して変わる気配もなく暴君のまま君臨しつづける。

 

わたしが、波動の法則、引き寄せの法則が嫌いな最たる理由がここにある。

 

自分がどんなに波動高く、いい人であっても、どうしようもない家族が近くにいて苦しんでる人は、世の中にごまんといるんだよ。

あまりに辻褄が合わないじゃないか!と怒りを感じてしまうのだ。

 

ばななさんが記事の中で言ってるように、愛されてきた人は、当然のように自分を大切にしない人を切る選択ができるが、愛されてきてない人はそれができない。

 

という記述はよくわかる。

そして、愛されてきた人にはたぶん、本質的には決してわからない。

愛される🟰甘える

と置き換えてもいい。

 

それにも度合いがあるけどね。

気まぐれに愛されるときもあれば、一切ないという人もいるのかも。

いいときもあるから、憎み切れないのが家族というもの。

 

ばななさんのご両親が入院してるとき、亡くなったときの文章も、ダイアリーでリアルタイムで読んでいたわたしには、まさかお姉さんまでこんなことになってるとは思いもせず、その大変な中であれだけ自分の感情を抑えて書けるのは本当にプロだし、すごすぎると思った。

 

お母さんが亡くなった前後の描写の中にも、今回明かされたような内容は一切なかった。

 

ばななさんが、どれだけ作家として自分を律して、プライベートな自分と切り分けて来たかがよくわかる。

 

お父さんのことが大好きだったばななさん。

著名な思想家のお父さん。

それなのに、後年そんなにお金に困ってしまうのか。わたしは、吉村隆明さんのエッセイも読んだことがある。

 

その中に、お母さんとの馴れ初めというか、駆け落ちのくだりも書いてあって、よっぽと魅力的でモテるお母さんだったんだなぁ。と思って当時は、読んでいた。

 

ばななさんに子供が生まれてから実家で過ごす描写も何度も読んだし、実家のメンバーがどれだけ孫を可愛がったかも微笑ましく書かれていた。

 

その間、ばななさんは、一切自分の実家の家族の悪口を書いていない。匂わせてもいない。

わたしは、そこに泣けるの。

 

どれだけ自分を律したらそうなれる?

その品の良さ。

凄まじい、作家としての覚悟、矜持が、そこにはある。

 

一般人には、わからないくらい、妬まれ、僻まれる立場にあって、お金の無心をされて苦労してきたばななさん。

かなり偏っていて、横柄な部分が一時期めっちゃネットで叩かれてきたばななさん。

 

スピリチュアル対談も、多く。

わたしは個人的にその人どうなん??って人とも、キャッキャしながら対談してた、ミーハーなばななさん。

 

ある時期から、日本にいるのがつらい。海外で暮らしたい。と切々と訴えていたばななさん。

 

そのこれまでの全ての歩みの裏では、あの話題のnote記事の中のようなことが同時進行で行われていたのかと思うと、胸が苦しくなるね。

 

よく生きてきてくれたなぁ。

よく書いてきてくれたなぁ。

背中をさすって、ありがとう。ありがとう。

と言いたくなるよ。

 

あなたが苦しんで、それでもよくありたいと願いながら、生きてきた道のり。

書いてきた道のり。

それを見せてくれてありがとう。

 

あなたはあの文章を書いてよかったんだよ。

わたしはそう言いたいよ。

書いて浄化されること。

書いて、さらして、昇華されることもあるんだよ。

 

声高に叫ばずとも、あの文章を読んで、同じような境遇で泣いた人は少なからずいると思う。

 

こんな切り売りみたいな出し方しないで、素直に助けて、って言って欲しかった。みたいな元ファンの人の感想も読んだけど。

批判的な感想もかなりあるみたいだけど。

 

彼女は作家なのだから、書いてよかったのだ。

文章で、お金をとってよかったのだ。

そのリスクを、背負っている。

ただ、自分の家の現状をさらして、お金ください。じゃおかしいよね?

 

文章で、お金を稼ぐ。

それをしただけ。

そして、その形を現代に合わせただけ。

ネット記事だから、みんな課金して読んだ。

どんどん拡散された。

ばななをよく知らない人まで読んだ。

 

それは、本を買う。

にした途端こんな人数には到底読まれなくなる。何万分の一でもきかないくらい、読者は減る。ネット記事だから、ここまで広がった。

 

今ってすごい時代だね。

 

ばななさんは、お姉さんのことを、愛してきたし、大事にしてきた。エッセイを読んできたから、それがよくわかる。

 

それなのに、こうなってしまうの?

一緒に泣きたくなるよ。

わたしならもっと早くに関係を切ったな。

 

根本的に、根っこのところで切れないのは、弱さで、つらい子供時代を過ごした一体感で、愛情で、絡み合って苦しいだろうな。

 

でもこれだけ記事が売れたら、医療費は出るだろうし、踏み倒してる方々のお金の足しにもなるのではなかろうか。

 

王国、というシリーズの小説が大好きだったんだけど、あれの4巻にある「猫の女王」って、お姉さんのことだったんだなぁ。

 

そしてやっぱり、どうしようもなく狂ってる。

もう軌道修正がきかない状況なのが、読んでてよく分かる。

 

心を吐いてるようで、バランスを保ってるばななさんの筆致はさすがだ。

読みやすく、ひきこまれ、するする読める。

 

もう一度言う。

わたしは読んでよかった。

そして、誰になんて言われても、ばななさん書いてよかった。

 

これで、母の罪状をはっきりさせたい!

と彼女は記事の中できっぱり言った。

 

これは、母でも姉でもなく。

わたしの真実だ、と。

 

誰しも、自分にとっての真実を語っていいのだ。せめてもの優しさとして、両親が亡くなって何年も経ってから、ばななさんはこのカミングアウトを行なっている。

 

お姉さんの魂が、どうか最後に救われることを祈って。大切なものの優先順位を、どうか思い出してほしい。

 

そして自分自身も、大切なものの優先順位をよく考えてみたい。

ばななさん、苦しい時期のわたしを救ってくれてありがとう。わたしはそのときのことを、一生忘れない。

 

作家になってくれて、ありがとう。

細々とでもいい。

どうか書き続けてください。

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