つぶやきます。
なんか言いたくなったから、ひとりごと。
何年も前から、ニンゲンTVをごはん食べながら見ていた。全部じゃないし、毎回じゃないんだけど、結構楽しみに見ていた。
原田龍二は、顔がもろタイプ!だし、あのポンコツっぷりに見てて脱力できるのが好きだった。阿部さんも、芯が一本通って凛として素敵だった。
昨日、スレッズ経由でニンゲンTVが炎上してることを知って、野次馬的に例の動画と阿部さんの個人チャンネルを見に行ってしまった。
個人チャンネル再開したのは知ってたから、そのときから、もう抜ける準備なんだろうなぁ。ってなんとなく思っていた。
騒動の顛末を知って、霊的な世界に関わる人たちの組織は、例外なくこの道を辿るのかー。
と妙に納得して、やっぱりガッカリした。
何度も何度も見てきた光景だ。
直接的にも。間接的にも。
それにしても、あの打ち上げにはたまげた。
あれをアップできる神経にも慄いた。
頭、おかしい。
仲間、仲間と言いながら、あれほど阿部さんに助けてもらっておきながら、誰も彼の様子を気にかけていない。そんなことってある?
たとえ様子のおかしい理由にまで考えが至らないほどバカだったとしても、あんなに様子がおかしい人が近くにいたら、普通声かけるよね?
大丈夫?体調悪い?とかさ。
気持ち悪かった。
あの様子の阿部さんに声すらかけず、下卑た笑いで盛り上がっているあの空間こそが、魔界だと思った。業界人!って感じだね。
まさに、あれがテレビ業界、マスコミ業界の闇と無神経さそのものだよね!
売れればいい。インチキでもなんでもいい。
誰かを傷つけてもいい。
画面の向こうからあの打ち上げを見た人たちが、これほどの耐えがたい違和感を感じているのに、同じ空間にいる人たちは、何の違和感も感じていないというホラー現象。
霊的なもの、に対して真摯な姿勢が売りだった彼ら。本性これだったんかー。
衝撃!
でも、納得!
わたし、天野Dが最初からどうしても嫌いで嫌いで、見た目も性格も全てが苦手だった。
でも、あのチャンネルが炎上するたびに、阿部さんがとても庇うから、暴言なんてもちろん吐いたこともないし、コメント残したことない。
ただただ、自分の心の中で虫酸が走るほど嫌いだった。生理的に本当に無理だったし、なんて出しゃばりなんだろうと思ってた。
あの、のぞみに対する乾杯。
しかも何度も。
女の子が一人いた方が盛り上がる。という発言。
すごいね。
あれを編集して、流せる神経がすごい。
おかしいって思わない。
見た人がどう思うかって、想像すらできない。
まともな神経を持った人間が一人もいない。
自分がクソだったとしても、視聴者目線の想像すらできないで、客観視もできないで、ディレクターってできるんだ。
誰も、まわりに止める人いないんだ。
やばいって、思う人いないんだ。
そのことに、一番ゾッとした。
そしてあの倉田くんのご満悦の様子。
売れて調子に乗って、過信して、人を人とも思わなくなった、おごって能力を失った霊能力者の典型じゃないか。
わかりやすすぎるほどに、模範例じゃないか。
彼の能力がどういうものなのか、本当なのか、作り物なのか。わたしには最後までわからなかったなあ。
結局こちらは、見えないし、わからないから、判断のしようがないよね。
そそのかした大人たちの罪の重さよ。
それを面白がって見ていたわたしたちも、ヤラセとは知らなかったにせよ、やっぱり浅はかなバカ者だ。
人間はこうも醜くなれるのか。と思った。
阿部さんが自分のチャンネルで、心霊系のチャンネルには今後一切出ない。無意味だから。と言っていたけど、その無力感を思うと胸が痛い。
あんなに一緒にやってきたのに、見えない世界への敬意や接し方は、何も伝わってなかったし、彼らは変わる気すらないのだ、という絶望感。
無力感がすごいだろう。なんだったんだ!今までは!と思うよね。
どんなに心を尽くして接しても、まるで改心することもなく、学び、成長することもない、愚かな人間の業の深さを、あのチャンネルはみんなにありありと見せた。
40万に届くチャンネル登録者に発信した。
その意味。
結局、人間性でしょ?
人としてのあり方や、誠実さや、おもいやりでしょ?行動でしょ?
この先阿部さんは確実に抜けるだろうし、それに対してたとえチャンネル側がどんな言い訳と謝罪をしても、決して戻ることはないだろう。
成り行きを見ている多くの人が感じているように。ニンゲンTVのスタッフたちが、悪魔に魂を売り渡し、こういう形でみんなを裏切ったことの代償をどう払うのかは、彼ら自身の問題だ。
見えないものを、みたい。という気持ち。
わたし自身の中にもあるし、よくわかる。
でもさ、見えない。ということは、その人にとっては見えない方がいいから、見えない。ってことがほとんどなんだと思う。
昔、とても尊敬して憧れていた見えない世界の師匠みたいな人がいた。
ある聖地に祈りに行き、その人の信じられない本性をそこで見た。ショックで立ち直れなかった。神って何?って思った。
その人も、口ではきれいなことを言いながら、結局、神さまではなく、神に仕える特別な自分が好きだったのだ。
お疲れ様でした!と一足先に帰ったわたしのLINEには返さず、インスタやfacebookで神様に会えました!!とキラキラな写真と感極まった様子をあげているのを見て、心底しらけた。
自分がバカだったんだ。と思った。
そのとき思い知ったのよ。
遠くにいる神さまの声は聞こえても、
隣にいる、仲間の声は聞こえないんだな。って。その人は、何にも見えてないじゃん。
普通の、スピじゃない優しい人のほうが、よっぽど、人として素晴らしいじゃん。
なんてわたし、バカだったんだろう。
隣にいて、実際関わってきた人の声も聞こえないの?キラキラな神さまにつながる特別な自分だけが好きなの?怖いわ!人として。
虚構だ、全て。
そのとき感じたのと同じ気持ちを、あの打ち上げ動画を見て感じた。
神さまは自分のこころにいるのよ。
阿部さんを好きと思うそのみんなの感覚の中に、たぶんいる。
それすら、嘘かもしれないけど、その度に傷つきながら、人は学んでいくしかできない。
本当のことなんて、結局はわからない。
どんな経緯があったか。
積み重ねて来た、当事者にしかわからないことだって、たくさんあると思う。
たとえ阿部さんが、実は極悪人だったとしても、わたしたちにはわからない。
だってあれは、その人のごくごく一部を切り取って、エンタメ仕様に作り上げられたものだから。
もしも、彼がずるい人がだった場合、こんな形で抜けたことで、視聴者の心を完全に鷲掴みしたまま、ごっそり視聴者をそのまま持って行ける。心ごと。自分に心酔している人間を、心酔した状態で、そのまま自分のものにできる。
何千、何万の視聴者を。
みんなの印象のなかでは、完全にニンゲンTV側が悪。で、阿部さん側が善。
それはそれで、恐ろしいことだよね。
だって、真実はきちんと語られていないわけだから。ほとんど憶測と、印象で、この騒動は成り立っているから。
真実は、誰にもわからない。
だからこそ、憧れすぎてはいけないし、
心を持っていかれすぎてはいけない。
結局のところ、誰にも、本当のことはわからないのだから。
自分の心は、自分だけのもの。
自分が感じたことを、真実として、人は生きていくしかできない。
そしてそれすらも、どこかで客観視できる自分を持っておくことが必要だと思う。
SNSの世界で見せられているものは、作り手が見せたいように切り取られたごく一部の情報である。ということをわたしたちは忘れてはいけない。
何かを判断する時は、事実をありのままに見つめることが第一条件。
そして事実も真実も、今回のこの一件に関しては、視聴者には永遠にわからないままなことに、みんなががっかりして、憤って、絶望しているんだよね。残念、だよね。ほんとうに。
誰にどれだけ裏切られて、
もう生きてるのが嫌になっても。
どこまでもわたしたちは、
自分はどうあるか。
自分はどりありたいか。
だけを問われているのだと思う。
さあ、自分の人生に戻っていこう。



















































