わたしの師匠のマリア先生。とてもわかりやすい言葉で、いろいろな人が抱える問題の核心にふれる記事を書かれていました。
興味のある方はぜひご覧になってみてください。
心の法則 その2|占い。心理セラピスト「ヒプノセラピストマリア」癒しの小道
心の法則 3|占い。心理セラピスト「ヒプノセラピストマリア」癒しの小道
先日、買い物依存症の人の記事を新聞で読んで、久々に抑うつ状態で病院に通っていたころのことを思い出した。わたしはたぶん「うつ病」ではなかったんだと思う。
それでも、あの日々は本当に地獄だった。
大好きで心の支えだった父が亡くなり、昔からなんとなく感じていた母への反発がそれをきっかけに爆発して、たぶん母もわたしもお互いにヒステリーのような状態で収拾がつかなくなり、もうどうにもならなくて、苦しくて、どっちかが死ぬしか解決する道はないのかな?と思ったりしたこともある。
その時期は、父を亡くした喪失感から、いろいろなところに不調が表われていたけど、病院では特になんの診断もされなかったし、ただ、なんとなく話を聞いてもらうだけで終わりだった。出口の見えない不毛な日々が続いて、いつになったら救われるのか。そんな日はもう二度と来ない気がする、だったら生きててもつらいだけだな。と四六時中考えていた。
目立って出ていた症状は3つ。
1.過食。
食べたい!と思ったらその瞬間に気が済むだけの量を食べないと不安。
10キロ近く太った。そんな自分がまた自己嫌悪で自己否定が強まりますます人に会えなくなった。
2.買い物依存症もどき
「ほしい!」と思ったら買わないと不安でいられない。そのことばかり考えちゃって胸がドキドキする感じがする。普段は我慢や自制ができる場面でできない。本当にそれがほしいかどうかより、「ほしい」と思ったものを手に入れた時の「安心感」と「解放感」がほしい。無職だったのに、貯金を使いまくっていた。結果、部屋にものがあふれすぎて、余計気持ちが重くなった。片付けができなくて、コロコロで空いてる場所だけゴミをとっていた。
3.頻尿、失禁
これが一番つらかったかもな。
とにかくトイレが近くて、突然「行きたい!」と思ったらすぐ行かないと間に合わない。外出中に近くにトイレが見つからなくて、外でもらしてしまったことも1回や2回ではない。あのときの絶望感。靴を染みてじわーってしたあとの冷たい感じ。恥ずかしい気持ち。それはもう、薬では治らなかった。今思えば完全に自律神経をやられていたんだろうね。夜も、子供のようにおもらしをして、シーツを母が何も言わずに取り換えてくれたりした。そんな真っ暗な日々。
母といるのに耐えられなくて、今考えたらあり得ない家賃5万のオンボロアパートに突然引っ越したりもした。無職なのに!でも、家の中にナメクジやらアリやら入って来て、耐えられず3か月ともたずに実家に帰った。
ダメすぎる!ダメすぎるぜ自分・・・。
もがいてもがいてもがいて、最後に思ったこと。
どんなに反発しても、どんなに憎くても。結局最後に助けてくれるのは「お母さん」なんだな。
その気持ちが腹にストンと落ちたとき。
私の中で何かが大きく動いた。
「許し」といえばいいのか「あきらめ」と言えばいいのかわからない。
でもそれは、前向きな何か。だったと思う。
自分は死んだ方がいいくらいダメな人間だ。母にもいっぱい嫌なところはある。だけど、こんなにダメなわたしをなんだかんだ言いながらも最後に助けてくれるのはお母さんなんだ。わたしにも悪いところはたくさんある。お互い様だ。
もう、観念しよう。そんな気持ちだった。
今はとてもいい関係を築けています。
しょっちゅう一緒に出掛けるし、仲良しです。
母はあのとき、わたしに「いい子」を求めるのをすっぱりやめたんだと思います。
わたしはずっと、母の求める良い子を演じてきたけど、あの出来事をきっかけにもうそれができなくなって、今までの我慢が爆発したようでした。20代に入ってからの反抗期はやっかいですね。
うちはわたしが小さい時に両親の仲があまりよくなくて、わたしはいつも仲裁役でした。物心ついたときからずっと。そうしないと、家族がだめになっちゃうと思ったからいつも必死だった。
そしたら、いい子でいる以外本当の自分が何をしたいのかさっぱりわからなくなっている自分に気づいた。愕然とした。「人にどう見られるか」しか考えてこなかったから。
「人の感情や人のものさしを基準として」しか自分を計れなかった。
今もその癖から完全には抜け切れていない。
たぶん、表面的には違う問題がきっかけだったけど、根本的にはそれを変えたくて、「ヒプノセラピー」を受けに行ったんだと思います。
自分では解決したつもりだった母とのこと、いっぱい出てきました。
何回も何回も繰り返し。
だけどそれは、わたしの母が特別ひどい親だったというわけじゃなく、世の中のほとんどの人がもつ「似たような傷」なんだと思う。
母は、わたしをとても大事にしてくれている。愛してくれている。今も、昔も。
今は、本当に感謝しています。
だけど、複雑な家庭環境で自分(母)が思うように甘えて育ってこれなかった分、わたしにしわよせがきてしまったんだと思う。
それは、今思えば誰のせいでもないの。
誰も悪くないの。
でも、不幸なちょっとした「思い違い」や「刷り込み」で、その人の一生は大きく左右されます。
潜在意識に、全ての答えはある。
ヒントもある。必ずある。
だから、苦しい人は受けてみたらいいかもしれない。
ひとつだけ、断っておきたいのはこれはあくまで「わたし」の話だということ。
誰にでもはあてはまらない。世の中には、どうしようもない親がいる。縁を切った方がいいような親もいる。だから、これはまだ全然序の口な「幸せな悩みの一例」と考えてもらってもいい。
わたしは、今、けっこう楽になりました。
そして、あのどん底のときに比べたら夢みたいに幸せ。
問題はいっぱいあるけれど、自分を恵まれた人間だと思います。
そして、自分を癒すことは、地球を癒すことかもしれないです。
いつか、ヒプノセラピストとして自分の学びを世の中に還元できるよう、がんばります。っていうか、やる。やれる人間になる!スウェディッシュマッサージとヒプノセラピーの二刀流を目指しているからね!それに箸休めとしての占いね!
断言で自分を鼓舞してみた(笑)
なんでこんな記事書いてるんだろう。こんなこと書くつもりなかったのに不思議。恥ずかしい。
誰かの心が楽になるといいな。たった一人でも。ほんの少しでも。