午前中、たまりにたまった洗濯をする。
本一冊読了。
茨城でもらってきた野菜と、冷蔵庫で古くなってた野菜を洗ったりゆでたり冷ましたりしてたら、なんだか一日が終わってしまった!
これから仕事。
ダリぃ。
ブロッコリー、キャベツ、ナス、トマト、人参、枝豆、スイカ。
冷蔵庫に詰め込んで来た。
畑でとれたスイカをわざわざリュックに入れて持ち帰ったからには、思いっきり楽しみます!
今日は、わたしの伯父と伯母の話。
父方の実家は茨城の有名な魚市場の近くにある。父の兄夫婦が実家を守っていて、わたしの祖父も祖母もすでにこの世を去っている。
わたしはおじちゃんとおばちゃんが大好きで、心の底から尊敬している。
天国で、一番いい場所に行けるのは、あの二人みたいな人だと思う。
浜言葉で口はとにかく悪い。
茨城弁でもあそこまで訛ってる人たちにはなかなか昨今お目にかかれない(笑)
わたしはヒアリングはできるけど、スピーキングはできません(笑)
だけど、とにかく心が温かい。
他人だろうと身内だろうと、分け隔てなくみんなに優しい。みんなを笑わせて、面倒みてあげて、ごはん食べさせてあげて、少しも恩に着せず、またおいでー!とおみやげを持たせる懐の深さ。
町内会でも、どんな集まりでもみんなに頼りにされて、みんなに待ち焦がれられて、大忙し。とにかく、面白いこと言って笑わせるんだ(笑)おまわりさんだって、ヤクザ屋さんだって、オラついた高校生だって、おじちゃんとおばちゃんにかかれば形無しなの。
みんな笑顔になっちゃうから。
とにかく、いろんな家庭の苦労してる人をたくさん見てきた二人だから、仕事先で出会った一人暮らしの老人たちの心を励まし、近所の空き家をパトロールし、体操仲間を笑わせて、誰か近所の人が来れば茶飲み話で、元気をあげる。
失敗した人がいれば、口悪くバカやってんじゃねーぞ!と言いながら、絶対に見放さずに助けてあげる。
決して、がんばんなさいよー!とか、
世間の価値観に当てはめて説教したりとかしない。どこの家もみんな何かしらあって大変だよね〜!としみじみ言って、おいしいお茶菓子だして、いつの間にか、笑い話にうっかり笑っちゃって、明るい気持ちでその家を出る。
そんな太陽みたいな二人が親戚にいてくれることが、わたしはとても誇らしいです。
有り難いと思います。
二人は徳を積みまくってるな〜、と会うたびに思う。本当の意味で、尊い人たち、徳の高い生き方の人たちは、人知れず、こんなふうにみんなを助け、笑わせて、さり気なくすごしている。
天国での特等席が用意されてること間違い無しの二人。まだまだ長生きしてほしいです。
いつも、ありがとう。
なかなか会えなくても、いつも、二人を遠くで尊敬してます。
おじちゃん。
またしょっちゅうおいで。と帰り際に言ってくれて泣きそうになってしまった。
ありがとう。
32年前の今日、高天原山御巣鷹の尾根で犠牲になられた方々に、心からご冥福をお祈り申し上げます。
この前ブログに書いた、青山さんの本をわたしも今注文中です。
ブログを読んでくれた方含め、周りで二人ほど興味を持って「読んでみる!」と言ってくれました。それだけでも書いてよかった。
以下に、青山さんを応援されている方のリンクを貼らせていただきます。
ご専門は憲法学で、法学者としてネットでもいろいろ発信されているようです。
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2015/0810.html
特に読んでほしいのは、青山さんが書かれた後半の「小さな目は見た」という文章。
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2017/0807.html
こちらは今年の8月に書かれた文章。
青山さんを、力強く推薦されている。
特定秘密保護法と、この日航機事故との深いつながりも示唆されている。
8月12日が過ぎたから、終わり。
33回忌過ぎたから終わり。とは決してならない。
中学生まで住んでいたところをたまたま訪れる機会があって、散歩してきた。
懐かしくて、じんわり。
記憶って、不思議だな。
思い出しもせず、自分の中で消えたことになっていたのに、思い出すきっかけやタイミングさえあれば、ちゃんとどこかから引っ張り出されてくるんだね。
ここは、昔書道教室だった場所。
ここは、○○ちゃんの家。
あの角には古い一軒家があって、薔薇の季節になると、ツルバラがとてもきれいだった。
七五三もここでやった。
毎年夢中で御神輿を担ぎ、各町会この神社で集合して競り合った。楽しかった。
わたしの町会は、真っ黒なイケてる法被。
相撲の土俵も、富士塚もある。
この神様の並びは珍しいかも。
磨き抜かれた本殿。
鏡がピカピカに光っていた。
お参りするとじーんと体が熱くなった。
お久しぶりです。ほんとうに。
立派な富士塚。
わが、母校。
こんな公園知らなかった。
昔の通学路の一角。
今日は昼も夜も仕事なので、ちょっとお昼寝します。
今年に入ってから、なぜかなんとなく気になって日航機の事故についてネットで調べていた。陰謀論も絡めて様々な説を唱える人がいるその中で、非常に興味深く読ませていただいたのが「青山透子」さんという方の書かれた文章だ。衝撃的、とも言える内容。
非常に聡明な方で、わかりやすく、しかし切迫感と使命感を持って書かれた文章に魂を揺さぶられる思いがした。
わたしも、この本買おうと思います。
そして、必ず感想をのせます。
買わないまでも、ぜひ一度青山さんのブログを多くの人に読んでほしいです。
上野村の方々の証言も、ネットで検索すれば出てきます。日航機が墜落した際、その後ろから飛んできたミサイルを何人もの人が当時目撃しています。そして、事故現場は現地の人々の協力で国が言っているより何時間も前に特定されていました。遺体を検死した歯科医の証言は、目を疑うものがあります。
日航機の事故において、何かが大きく隠蔽されているのはもはや間違いがない事実です。
なにか得体の知れない大きなものに、冷たい手で心臓を鷲掴みにされるような、身の毛もよだつ事実に背筋が凍りそうになる。
みんなで凍らせようよ。
知らないとダメなことなんだ。
これだけ年数が経ってもなお、それぞれの使命感から日航機の事故について調査されている方がいます。闇に葬られるにはあまりに犠牲者が多すぎます。
一人一人の人生。それに関わる家族を含めたら、一体この事故で何人の人の人生が変えられてしまったのか。真実が明らかになるまで、犠牲になられた方の御霊が安らぐことはないのではないでしょうか。
この時期必ず坂本九さんの映像がテレビで流れますね。
もういつだったか思い出せないけど、昔テレビでやっていた坂本九さんの特番で、九さんがお母様に言われた言葉として紹介されていたセリフを鮮明に覚えている。
わたしの人生でつらいときに度々、心の中に立ち上ってきては励ましてくれています。
❝ 寂しいときは 自分以外の誰かのために働きなさい ❞
わたしにできることは、本当に小さい。
だけど、忘れられないため、真実を明らかにするためにできることはしたい。
歴史は、政治は、わたしたちの知らない裏の世界で巧妙に仕組まれ、操られている。
それがきっと、表に出てくる時代に変わってきたということだと思う。
希望は、捨てるな。
ひまなので、お散歩に谷中まで。
湿気がすごくて蒸し暑かった。
巣鴨の富士そばでカレーそばを食べて出かける。初めてカレーそば食べたけど、レトルト感満載で期待を下回ったわ(~_~;)
お墓参りしてからの、散歩しつつ天王寺と諏訪神社にお参り。蚊に刺されまくって、足首がむごいことに。
平日の谷中にいるのはほとんど外国の方。
人気なんですねー。
たまには天王寺の、写真のせてみる。
蓮はもう終わりなんだなぁ。
鉢が龍でカッコよかった。
ほおずき市のほおずきが飾られてた。
風流だ。
江戸は、徳川家康がお抱え僧侶の天海のアドバイスを受け風水を考え抜いて作り上げたという都市。だから、京都の鬼門(北東)を守る比叡山延暦寺にあたるのが、江戸城から見て北東(鬼門)の方角にある寛永寺。正式には東叡山寛永寺。東の比叡山ということ。琵琶湖に見立てた不忍池。今は焼失してなくなってしまったが、昔は五重塔もあった。
そして、この天王寺は鞍馬寺にあたると言われている。現に、鞍馬寺で毘沙門天がまつられているのを真似て、実際に比叡山からもたらされたという毘沙門天が、このお寺のご本尊とされているそうだ。おもしろいね。
とても広々としてよく手入れの行き届いた、緑の芝生が美しいお寺。大仏もいるし(笑)
門の金具がわたしにはオッパイにしか見えないんだけど(笑)わたしだけ??
まるで、今のわたしに言われてるよう。
あっちもこっちもスパルタだわぁ。
谷中霊園にはセミの抜けが殻や、セミが土から出てきた穴がいっぱいあった。トンボもチラホラ飛んでいた。真っ白なサルスベリの花が日暮里から霊園の入り口のところに咲き誇っていた。白ってとこがお墓っぽくて、グッド!
今日は、あんまりゆっくりせず、サクッと帰ってきた。帰ってたまには夕食まじめに作るつもり。